ジェロニモレーベル1stCD「罰当たり幸福男」リリース直前・特別寄稿 / 無名音楽評論家 エビス・ヨーイチ
こいつら、いったい何がやりたいんだ!?
まさに我が道を突き進む、自己主張がみなぎった3人組、痛快デビュー!!
世界中がオリンピックムードに包まれていたある朝、私の手元に1枚のCDが届いた。クレジットには
「ジェロニモレーベル ファースト デモ」と記されていた。友人からの強い薦めもあり、ためらいもな
くデッキへとセットする。
.....のっけから出てくる凄まじいギターのカッティング、ラウドでもなくノイジーでもない。
荒々しさの中にも自らの王道を主張するかのようなパワーが溢れている演奏に、正直驚愕した。3人編成と
の事だが、スピーカーから流れる音圧の凄さと各々が繰り広げる自己主張の激しさはまるでジャズによる
ライブでのインタープレイのように、十分な存在感がある。
それぞれ自己主張ゆえの自由奔放なプレイでありながらも、決して上杉氏のヴォーカルをかき消すこと
なく、むしろ巧みに引立たせていると思えるところなんかは、何とも不思議で面白い。「こいつら、半端
じゃないな」思わずつぶやくと、固唾を飲みながらスピーカーに耳を傾ける。
曲は進行していき、意表を突かれていた初めのイメージを、あえなくぶち破ってくる。軽いブギー調から、
トルコあたりの民族音楽やラテンの味を漂わせたもの、ファンキーなビートの中に突然混声合唱が割り込ん
でくる曲、衝動に任せて疾走するパンクナンバー、フォークロック調から一転してソウルフルに歌い上げる
曲、メンバーであろうか奇声を発する中途半端なレゲエ調、問答無用にたたみかけるロックンロールまで、
豪華絢爛。
彼らはいったい何をしたいのだろう....。ふと、昔よく聴いた懐かしいバンドの名前を思い出す。
「四人囃子」......まだ学生だったころ、友人の間で流行っていたグループだ。私も彼らの音楽が好
きで、当時から全アルバムを集めたが彼らの音楽もまた、いい意味で「一貫性の無い」曲の数々だった。ア
ルバムごとのコンセプトは打ち出していたが、まるで「俺たちはこんな事もできるんだぞ」と云わんばかり
の曲が全アルバムに散りばめられていた。
ジェロニモレーベルの中でも、特にそのバンドに通ずる感を受けたのは、「空の上からやりたい放題」と
いう曲からだ。詞は、アメリカで行われた同時多発テロに対する某国への報復攻撃を単刀直入に批判した内
容が書かれている。未だ繰り返される「戦争」という愚かな人間の行為を遠まわしに皮肉るのではなく、ま
るで70年代にイギリスから出てきたプログレッシブ・ロックが、当時の政治批判を言葉暴力的に歌い上げた
のと同じくらいにストレートに表現している。曲調こそ、さりげなくボサ・ノヴァ調にお洒落に構成されて
いるが、「反戦ソング」にアレンジをボサ・ノヴァというのはどうしてなのだろう。何か関係があるのだろ
うか。メンバーに逢ったら是非聞いてみたいところだ。
ここではそれぞれが一体となるが如く、バッキングに徹しているのだが、それぞれが驚くほど冴え渡った
プレイを展開しているのがわかる。特に、冒頭の歌から絡む山本氏のベースワークは特筆もの。また、ラテ
ン的雰囲気を盛り上げるが如く、糸井氏によるパーカッション群も子気味いい。それでいて上杉氏の歌を情
感盛り上げているのは、このバンド独特の手法による仕上げの上手さであり、この3人がただ者ではないと
いう事を雄弁に物語っている。
詞についてであるが、そのほとんどは上杉氏の体験を元に書かれているらしい。彼は今までに何度か世界
各地を、それこそ普通の旅行者では考えられないようなルートで歩いてきているらしい。その現地において
様々な出来事や感じたものを詞として書き留め、時にはその場で曲にまでしてしまうとの事だ。
アルバムも終盤にはいると、これでもかこれでもかと言うように、ゴギゲンなロックンロール・ナンバー
が続く。そういえば時折、そう、前の数曲でもよく入っているのだが、コーラス・ワークを巧み強引に取り
入れているのが面白い。決っして上手いとは言い難いが、インディーズ臭さというか、メンバーが心の底か
ら楽しんでいる様子が伝わってくる。でも、突然出てくるビブラートびんびんのテノール調には思わず笑っ
てしまったが...... おっと失礼。あれ、誰だろう?
ラートびんびんのテノール調には思わず笑ってしまったが...... おっと失礼。あれ、誰だろう?
ラスト直前、おそらく彼らのメインでもあろう「罰当たり幸福男」が流れ出す。正直、この曲が始まった
途端、これが彼らの真の力を発揮したものだと震撼した。ギターワーク、ベースの絡み、ドラムのテンポ感、
どれも不安定さがなく、音作りの構成にも無駄がない。特にギターソロ、バックのシンコペーションから4ビ
ートに展開するところは見事で、彼らが技量の無いロックバンドではないことを裏付けている。きっと、メ
ンバー各々が曲そのものをプロデュースする感覚をもち、様々なジャンルの音楽を各々がプレイしてきたの
ではないだろうかと思える。聴き応えのある見事な作品だ。
アルバム最後を飾る「我ら生き延びて」。いまの世の中、毎日のように殺傷犯罪が横行し、自らの保守す
らも約束できぬ現実において、政府は企業や国民を見放し、職を失った人間や、常識から逃避した輩が街で
は溢れかえろうとしている。若者は無気力になり、思うが侭に身をまかせ、快楽と苛立ちを交互に垣間見せ
ながら目的もなく生きている。
そう、こんな時代をまっすぐに生き延びてこそ、次の時代を創れるのだろう。上杉氏は現実を率直に見極
め、やがて迎えるであろう次の時代までを自分を失わず何とか生き延びようと考えて書いたのではないだろ
うか。
それにしても、こうして全曲通して聴いてみると、彼の詞にとてつもなく強烈なインパクトを覚える。そ
れは、決して社会に対する中傷非難やイデオロギーとかではなく、今生きている現在を、自分がどうあるべ
きかを問い続ける、上杉氏のこころの叫びだからではないだろうか。
彼らの音楽は未だ荒削りながらも一貫した主張と有り余るパワーがある。その演奏の上に成り立つ彼の詞
と歌だからこそ、唯一無比の魅力を放っているのではないか。
今、巷の音楽はすべてをデジタル化し、どこまでを機械処理したものかが聴き手にはわからなくなってい
るといっても過言ではないだろう。一音のミスも、一音の修正だけで済ませられる時代。プログラミングに
よってあたかもそこで大勢の人間が演奏しているかのように、また、中途半端な演奏でもトッププレイヤー
顔負けの演奏のように偽装できる。コンポーザーやプロデューサーはアイディアとコマーシャリズムさえあ
れば、そこにプレイヤーとしての人格は求めなくなっている。
その昔、自身の主張だった「ロック」というジャンルを築き上げた人たちは、今の音楽シーンをどのよう
に聴き、感じているのだろうか。
四角四面に機械処理を施し、ビジュアル面に存在の趣を最前面に打ち出す大半のバンドと、もう一方では、
一人のプログラミングによるマトリクス・サウンドばかりが大勢を占める今日のミュージック・シーンにお
いて、あのロックの黄金時代のようにたまらなく人間臭い、熱くハートフルでゴキゲンな演奏をする3人組が
出現した。
妙な懐かしさと共に、かつて私自身も求め続けていた「熱きロック魂」を再び呼び覚まされた思いがした。
/ エビス・ヨーイチ
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