俺がこの目で実際にみたパレスチナ(5)/ イスラエル出国〜質問攻め-2000年11月

ヒッチハイクでテルアビブへ

   すぐそこにある、イスラエル軍のチェックポイントまで、バスを拾いに歩く。若い兵士が口笛で 教えてくれ、すぐにバスが来たが、全くブレーキを踏む事もなく走り去る。せめて近くのバス停ま で、とヒッチハイクを試みるも、どの車も全く無視して走り去る。ははは、映画の中におるようだ。

半ばあきらめた頃、手もあげてないのに、キパをかぶった白髪の老人が止まってくれた。バス停ま で連れて行ってあげると、走り出したがそれらしきものは皆無だ。しばらく無言だったが、「日本 から来ました」「学生かね?」 「いや、旅行者です。ハリスという小さい村にいて…..」「アラブ の村だね。」ほどなく、分かれ道で、ここならバスも止まるし誰かがひろってくれる、と下ろして くれた。 ダマスカス門付近

 距離的にはだいぶかせげたようだ。次に拾ってくれたのも、やはりキパをかぶった中年のユダヤ 人だった。テルアビブ市のはずれまで送ってくれた。市バスにのって、バスターミナルへ。海辺の せいか、かなり暑い。つい数時間前までイスラエルに爆撃された村に居て、今は冷房の効いた市バ スでイスラエル小旅行。ショッピングモールと一体化したバスターミナルには、休暇に行くのか休 暇から戻るのか、銃をさげた兵士がいっぱいだ。むき出しの銃と、若い若い兵士。

 東エルサレムの旧市街に着き、ホテル・アル・アラブに戻ると、Rage against the machines 好 きの女のこがフロントに居て、アレクセイもぬぼ〜っと居る。あー帰ってきた!と思った。

翌17日、出国の際に面倒になりそうなものをまとめて日本に送ろうと、昼前にダマスカス門に出 てきたら、ポリスと兵士がやけに多い。ちょうど、セルビス乗り場の広場からデモが出発するとこ ろだったのだ。どんどん人が増えて行き、というよりは境界のはっきりしないまま、通行人も声を 出している。ハリス村に来ていた、ヘブロンのドキュメンタリー・クルーの二人もいた。互いに 「おっ」と言う感じであいさつしたが、彼らはすぐにデモの後を追って走っていった。 旧市街でのボディチェック

 明日で去るのかと思うとこのまま宿にもどるのも惜しい気がして、広場に座り込んでケバブのサ ンドウィッチを食った。ダマスカス門付近の昼間の活気の中にしばらく身を置いていたい気がした。

 レセプションのハンガリー人のお姉さんに、明日出るんやと言って、とりとめのない話をする。 「日本のパスポート、初めて見るわ」 アラブからトルコにもどって、旧ユーゴに行くと言ったら、 「クロアチアが最高よ」  アレクセイともお別れだ。写真とらしてくれと言うと、水タバコでポーズをとった。

 ピエトロの言ってた事を思い出す。「この国を出国する時の注意点を知ってるか?係官に全てを 答える必要はさらさらないが、答えの中に"真実"がないとダメだぞ。」  「友人に会いにナブルスに行った、入国時点ではわからなかったが行けたから行った」ぐらい言 えばいいのかな? とぼけたアレクセイ

質問攻め

中東入りして初めて、まさにトルコのシャンルウルファ以来25日ぶりに、分厚い雲に覆われた朝 だ。日光が全くない。屋上巨大相部屋で、ずっといっしょだったジョーに挨拶してチェックアウ ト。「長い旅ね!」

 客があまりいない時間帯のようで、乗客たった二人なのにセルビスは出発した。運転手とその 知り合いらしき客の会話が一瞬だけ聴き取れた。「ディーゼルなのか?」 「タクシーはみんなディ ーゼルやぞ。」 こうも曇ってると、エルサレムから下りきった海抜マイナスのヨルダン渓谷の砂 漠さえ寒々しく見える。

 最初のイスラエル出国ゲートで、荷物を全部下ろされ、タクシーは行ってしまった。台所みた いな狭いところに連れて行かれてボディーチェック。そしてセキュリティーの兄さんの質問攻め が始まった。

 「どこに行ってた?」「ほとんどエルサレムにいたが、ナブルスの友人とも会った」「いつ知り 合った?」「7年前」「仕事は?」「バンドをやってるが、それだけでは食えんからほかの仕事 も」

「中国は良かったか?」「住みたいとは思わないが」「カザフスタンはどうだった?人々の様子 とかは」「人は良かったが、ポリスが問題だったな」「ここではどうだった?」「僕は特にいやな 目にはあってないけどね」「他の人に対しては?」「さあね、I don't know 」

「結婚は?」「してるに等しい」「どうしてこんな長い間、一人で旅してる?二人でするのが自 然と思うが」「彼女が一人で旅することもあれば、一緒に旅することもあれば、こうして一人で 旅することもあるだけの事ですよ」「金は?」「日本で稼いできた」「さっき、音楽では食えんと いったじゃないか」「ここ3年ほど、バンドはやめて金をためるために働いてたんだ」

「中央アジアとか、この国とか、旅してて恐くないのか」「少しは緊張するが、たとえばナブル スへ行くのも、いろんな人にききまくって行けそうやから行ったわけや。」「友人は何をしてる?」 「画家」「ナブルスでは何かあったか?」「毎晩、銃声をきいた」「それについて、何か言ってた か」「いつもの事だって、みんな言ってたな」 

 こんな調子で20分ほど続いたが、荷物は外に置いたまま全くチェックされる事なかった。後は、 気が抜けるほどにスムーズだった。昼ごろにはアンマンに着き、ホテル・バグダッドのハーリド 達の予想通りの歓迎を受けた。

しかし、うっかりしていた。ハリス村を再訪したり、エルサレムでダラダラしてるうちに、ヨル ダンビザの滞在期限を超えてしまっていたのだ。明日はポリスに出向いて、なんらかのスタンプを もらう必要がある、とハーリドが教えてくれた。

11月19日、今日はまたスカッと晴れている。オーバーステイのスタンプは、簡単に押してもらえた が、これが、シリア再入国のときに問題にならないか、若干気にかかる。形式的には、イスラエル に入国したことがわかれば、シリアには入れない。「ずっとヨルダンにいた。単に期限を忘れてた だけ、と言えばいい」とハーリド達。というか、そうする以外にないようだ。

 ヨーロッパの旅行者達が、エルサレムやナブルスの話にびっくりしている。「エルサレムなんか、 ツーリストうじゃうじゃいたで」「Oh, crazy! 」今夜は今までになく、旅行者であふれかえっている。 ハーリドも上機嫌だ。

11/20 シリア再入国の緊張

アンマンからダマスカスへ向かうセルビスに乗る。途中でどうしても気になって、給油中にトラン クを開けてギターの積み込み状態をチェックした。運ちゃんはあきらかにいらだっていたが。

 ヨルダン出国。どうして滞在を延長した?と聞かれ、ちょっと体調こわして、忘れてたんで、 と答える。運ちゃんが横からそっと、「ムシュキラ(問題)だぞ、お前のは」とささやく。別の係 官がズバリ「イスラエルへ行ってたのか?」。そう言われたら「はい」と答えるしかない。という か、事実上国交のあるヨルダンでそんな事を気にすること自体がおかしいんだが。結局、それで すんなりOK。ひとまずホッとした。

 シリアのボーダーへ向かう車中、「シリアのポリスにはつかまるぞ」みたいな感じで冷やかされる。 さて、緊張の一瞬。係官がパラパラと、何度もめくって、昨日の延長スタンプの所を明らかに注 目している。隣の窓口の係官とひそひそ、「イズラエリ….. 」と言うのが聞こえた時には、半ば 断念した。ヨルダン再入国、イスタンブールへ飛ぶ…か、面倒くさいなあ.. と頭をよぎる。 ところが、その係官は何も言わず、ポン!と出国印を押してくれた。おおいにホッとした。

 ダマスカスへ向う間も、セルビスの運転手、シリア人、ヨルダン人やサウジアラビアから来た 乗客全員が何やら僕の事を冷やかして楽しんでいる。市内に入り、客二人を降ろすために停めた ところで、白バイにつかまって罰金をはらわされ、運転手はとたんにしょんぼりしてしまった。

パレスチナ周辺での僕の体験記はここまでです。今の、想像を絶するに違いない状況については、 トップに関係団体のURLを掲載しましたので、是非ご覧ください。

当ページの感想は、 uhide@gernm.com ヒデヨビッチ上杉までどうぞ。

また、これ以前と以後の旅行記については、またヒマを見て書きますので気長にお待ちください。

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